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ファンシー

ファンシー

 ペンギン(40)は虚弱体質な詩人で、その世界では割と名が知れている。夢見がちな女性ファンが多く、ファンレターは毎日のように届く。それを届ける郵便配達夫(35)はペンギンの友人で、今日も配達ついでに家へ上がり込んで勝手にくつろいでいた。
 「やあ君、この手紙を読んでご覧」ペンギンは一通の便箋を配達夫へ渡した。そこにはペンギンへの熱烈な愛と、これから一緒に住んでお世話します、と書かれていた。配達夫は読み終わって「お前、これはやばい奴だよ」と感想を述べると同時に、家のチャイムが鳴った。
 それは例の手紙の差出人、江梨子がやってきたのであった。玄関へ向かう配達夫はペンギンへ「追い返すか?」と問うと、ペンギンは「彼女はどんな見栄えだい?」と聞き返す。ドア越しにのぞき穴から確認すると、江梨子は地味だが女性らしい体型でまずまずの容姿であった。ペンギンはそれを知ると、「すぐ上がってもらって」と指示した。
 リビングに通された江梨子はソファに腰かけると、挨拶もそこそこにペンギンへの熱い思いを語りだした。「私が落ち込んでいた時、先生のポエムが私を癒してくれたのです。その時私は一生先生にお仕えしようと、心に決めました」珍しい動物のように江梨子を見ていた配達夫は、ペンギンに目配せするも、ペンギンは「よし、君がそう思うなら家に置いてやろう」と受諾してしまった。その日から、江梨子は住み込みでペンギンのあらゆる世話をするようになった。


 江梨子がペンギンの世話をするようになって気付いたのは、ペンギンが「不能」であることだった。配達夫は江梨子と二人の時、その件について問うてみると「そんなことは関係ありませんわ、私たちは心と心で結ばれているんですもの」と答えた。しかし、生活に慣れるにつれて物足りなさを感じるようになったのも否定できなかった。「俺は、あんたを心底かわいそうに思ってる。その気になったらいつだって付き合うからね」と言って配達夫は江梨子の肩を抱いた。江梨子はそれを拒否することなく、無言で応えた。
 ある日、ペンギンの連載する雑誌の企画でパーティーが行われると知らせがあった。ペンギンは「僕はこんな体で行けないから、君ら二人が代わりに出るといい」と提案して二人を送り出した。パーティーでは酒も振舞われた。日頃鬱憤を抱えていたのだろうか、江梨子はすっかり飲み過ぎて、上機嫌になった。配達員は、江梨子の世話を焼きながら徐々に体の距離を詰め、ここぞとばかりにホテルへけし込んだ。翌朝、目覚めた江梨子は隣で眠る配達夫を見て困惑するも、すぐに昨夜の自分が積極的に乱れていたのを思い出した。頑なだった心が一気に和らいで、清々しい気分だった、
 それ以来、配達夫と江梨子は度々外出先で逢瀬を重ねていた。ペンギンも、そんな彼女らの変化に気付き始めたからか、ある日外出する彼女の後を着けた。しかし病弱で外出もままならないペンギンは、途中で倒れて意識を失った。そのまま病院へ搬送されると、全快するまでに2か月を要した。


 ペンギンが入院している間、江梨子は実家に帰って縁談をまとめてしまった。ペンギンとの生活に未練はなく、今の自分に満足しているという。一方のペンギンは、未だに配達夫を友人扱いして家に上げ、いつもの生活に戻っていた。ファンの次なる来訪を待ちながら・・

(山本直樹の短編漫画を小説風にアレンジ)

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